佛像彫刻の技法
〜時代による様々な様式〜
一木造(いちぼくづくり)
作例:元興寺極楽房 薬師如来
平安時代初期
 「一木造りとは像の頭部から体幹部を一材から彫出した像のこと。もとより礼拝対象である仏像は、飛鳥時代の木像が樟材に限られたように、用いられる素材には、特別な思い入れやこだわりがあったとみられる。その後、中国大陸より新素材や新技法の紹介による造像が盛んになり、木彫像は姿を潜める。ところが奈良時代後半より再び見られるようになってゆくが、それは先述の木心乾漆の木心部の発達からと、また、鑑真和上の来朝が大きく関係している。当時唐で栄えた白玉像と呼ばれる白大理石による像や、檀像の紹介により大きな影響を受け、日本の地でこれらを倣って造られたことが考えられる。
 これらは当時の道具事情を思うとき、彫刻加工の難しい樟に代わって、日本に豊富であった針葉樹である榧や桧が選ばれるようになったと考えるのが自然である。二〇年に一度の伊勢神宮の遷宮に、神々の住まいとして用いられる桧は、清浄さを秘めていた。
 平安時代に入って空海による密教と、最澄による天台宗の紹介とも関連して、神道と仏教が習合してゆくなかで、自然崇拝から巨木や落雷の木など、木そのものが神仏が宿る依りしろと考えられ、これらをもって造像された。中には立木仏といわれる根付いたままの木から彫られた仏像に対する信仰も各地に見られる。
 仏像を刻む用材は御衣木とよばれ、制作の前に木(御衣木)の穢れを除き、霊性を籠めるために僧による御衣木加持が行われ、僧により浄水が注がれてから彫刻された。仏師が原木に対面し、体当たりで直接彫り込んでゆくところから重量感や塊量性にあふれる像が特徴とされ、木から仏が化現するさまが表された。
 こうして造顕される仏像は一木造による素木を基本としているために、像表面に当然ながら材の乾燥による収縮がまねく干割れが生じた。自然現象による干割れといえども礼拝像であるだけに亀裂は問題であり、やがて背面の一部分から背刳りとよばれる内刳りを行うことが工夫された。体内を空洞にすることで像表面と体内とがともに空気に触れ、同じ条件になるために乾燥に伴う収縮差が少なくなり、干割れをかなり止めることが出来るようになった。背刳りによって開けられた穴には背板といわれる別の板を充てて蓋をし、袈裟の衣文が彫刻された。
 このように一木造とは基本的に体幹部が一材によった像のことをいうが、腕や手などの突出部が別材で補足的に接合された像や、坐像の場合、膝が別の横材で接合された場合が多く見られるが、これらも含めて一木造という。」
荒彫り〜あらぼり〜
完成
江里康慧著「仏像に聞く」(KKベストセラーズ発行)より
乾燥による干割れを防ぐために像内を内刳り〜うちぐり〜し、後から別材で造った背板(*写真右)をはめ込む
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